死刑廃止論についての麗子様玲奈さんばあやさんたちとのお話に、沢山のコメントをありがとうございます。
お玉はお玉らしくしか語れないので、皆さんのような深い考察が出来ていない・・・けれども、被害を受けた当事者の方々以外が「悪」と確信の持てるものにたいして安心して、非難し、攻撃できること、その流れ以外は許されないような風潮、マスコミの態度、被害者家族の方の気持ちがそのためにどこかへ置き去りになっているような違和感をお玉はぬぐうことが出来ません。
あるブログでの死刑存続論を読んだとき、他国の再犯率のデーターや国民のどのくらいが死刑廃止を支持しているのかという事が書かれてあり、そういうモノを根拠に話されているのは、なにか違うような気がしてました。
ロベール・バダンテールの演説の全訳を村野瀬玲奈ちゃんが持ってきてくださり、本を紹介して頂き、フランスの死刑廃止への試みがどれ程困難を極めたモノか理解できました。、今まで、日本は特別で他国とは文化が違うから死刑制度が認められていたんだと思っていたのですが、この考え方もお玉の中で一気に崩れました。感情論のレベルで、死刑廃止を訴えていては、伝わらない。それを分かっているからお玉は今まで書くことを躊躇していました。
国家権力が人を殺すのがなぜいけないのか、と言うところへ気持ちを持っていかないと、死刑廃止についてはなかなか語っていけないのだと思います。もちろん終身刑の問題もあります。
お玉は今から勉強していきます。
なぜいけないのか・・亀井静香さんがこういってます「人の命を大事にしない国家というのは絶対に健全ではない」
死刑廃止を推進する議員連盟というのがあって、そこに名を連ねる議員は政党ワクが完全にはずれ、自民党〜共産党まで、すべての党の議員さんが幅広く参加してくださってます。ちなみに、先進国で死刑制度が残っているのはアメリカと日本だけ・・またしてもアメリカと仲良しさんだったのよねえ。
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