2006年04月15日
左派の限界
なかなか前回の記事のコメント欄が盛上がっております。
今日は本当に右派左派中道??のみなさんに読んで頂きたいなあという本をご紹介します。
作者の小倉紀蔵さんはNHKハングル講座の先生で・・・少し前まで、お玉もその番組を見てたんですが、ギャルアシスタントのよいしょの仕方とか、にやけた様子がちょっと・・「はい〜〜よくお勉強しましたね〜君かわいいね〜〜」(必ずしもそうはいってないんですけど、そのように聞こえる・・)の連発にこいつ本当に大学の先生か??と思っておりました・・
なモンで、この本もずいぶん前から本屋さんで見かけてはいたのですが、どうも読む気になれずにいました・・でも、ちょっとこの人単なる韓国好きの右派に嫌われがちなおじさんとはちょっと違うようです。
ちょっち引用・・今日は左派の限界について・・
「左派」は日本人を「永遠に謝罪する(主体)」として定立させたく思っている。「永遠に」というのは日本が20世紀前半に犯したことは、一回や二回の謝罪で赦される類の行為ではなく、又これまで繰り返してきた謝罪も中途半端なものにすぎず、しばしば「妄言」によって覆されてしまう、日本が二度とあのような行為を繰り返さない事が完全に明証されることは不可能だから、日本はアジアに対して反省し、謝罪続けるしかないのだ、と言う論理である。
この考え方は法理論を超越している。二国間条約ばどで法的に解決済みの問題に関しても、永続的に道徳的*罪意識(変換できない・・ごめんお玉お馬鹿です〜〜)を持ち続けなくてはならないというのは、明らかな過剰な自国批判である。
しかも「左派」の立場からは、「反省と謝罪」の向こう側にあるべき日本とアジアの生産的な相互関係の像が見えてこない。具体的には、「反省と謝罪」のすえにもしアジアから日本が「許された」として、その後に日本がアジアの為に何をすべきなのか、に対する積極的プランが見えてこないのである。
護憲派常連のみんな〜〜怒るなよ〜〜
批判は批判として甘んじて受けながら、じゃあどうしたらいいのか・・筆者は韓国で受けた日本人を侮蔑するような表現方法がまかり通っていること、それを許容し、許せる日本人の度量などにも触れているのですが、左派が自国の問題点のみにとらわれることで、韓国との問題点を放置することに加担していることになると言ってます。(おこるなよ〜〜みんな〜〜)
筆者は32年テーゼの話も書いていて、これがお玉がいままで聞いたコミンテルン・テーゼ?の話の中で一番分りやすかったです。がいまそこに触れている余力はお玉にない(^_^;)
32年テーゼに縛られて、贖罪意識に溢れた自己批判を繰り返すのではなく、日本はもっと「自由と民主主義の土台」に自信をもってよいのだし、日本が自信を持つことこそが、新しい東アジア構築のための必要条件だと言ってます。
何でこの本取り上げたかというと、右派も左派も相手の話のすべてを拒否するのではなく自分たちの悪いところも相手の良いところも認めようよって思うからなのです。すべてが100点の考え方なんてあるわけない。相手の気持ちを思い、反対意見の方々を弱者だとおもって、もし文章を構築できれば、これってすごいことです。・・・政治家さん達にも言いたいことなんですが・・・
明日は右派の限界についても取り上げます。(いちおう三回くらい続けますね・)
お玉、とにかく今は「自民党の改憲(新憲法草案)に反対だぞ」という同志を増やすべく
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この記事へのコメント
「*罪意識」って、その数段落後に出てくる「贖罪意識」ではないのかな?別の漢字なら、どんな漢字?
私はここでは護憲派「常連」だけど、私の持っているのは贖罪意識にあふれた終わり無しの自己批判なのかなあ。ちょっと違うように思うのだけど、もう一度よく内省してからまた後日書きます。
一方、「自由と民主主義の土台」に日本は自信を持つべきだというのは、「自由と民主主義の土台」とは何を指すのかを具体的にあげてからの話だというのが、私が最初に考えたことです。
あったり〜〜しょくざいとよめんかったのです。
本の中で筆者は「新しい歴史教科書」の話を挙げ、日本全土がこの教科書のような歴史観を持つかのような左派の論法があったけど、実際には採択率0.039パーセントだったことにふれ、自閉的な歴史観を認めない日本の成熟度を土台の例に挙げてます。左派の論法が韓国や中国に誤解をうんでる一面もあるのでは・・と言うお話。この続きは明日以降ね。(^^)
>左派」は日本人を「永遠に謝罪する(主体)」として定立させたく思っている。
とする言説がマスコミから流されているのは知っていますが、それを「その通り」と認めている左派の人や勢力とは具体的には誰を指すのでしょうか?
それとも、マスコミが流しているイメージに筆者の方が流されているだけなのでしょうか?
たとえば、旧東ドイツはナチスの行為に関して諸国に一切謝罪しなかったと聞いています。
理由は「自分たちはナチスに反対した勢力だから」というものです。
日本の左翼も、基本的にはこの立場をとる者がかなりいるように思いますよ。
左派の限界が贖罪意識ですか
じゃあ右派の限界は?‥明日のお楽しみですね。
自分的には左派も右派も同じような煮詰まり方をしていと思います。
特に憲法9条に関しては完全に議論の余地がなくなってきていますよね。
ここでは理解されない考え方だと思いますが、個人的な見解として書かせて貰うと、護憲派も改憲派も表現の自由の名の元に嘘をつきすぎてしまっていると思います。
嘘をついているという表現が正確かどうかは人それぞれ感じ方に差がでるところですが、少なくともお互い隠し事をしながら相手の隠し事をあばくことに重点がおかれていように見える議論が多いと思います。
それが悪いって事じゃないですよ。
でも、その手法がお互いの歩み寄りを妨げている要因の一つであり、限界であると言えるんじゃないでしょうか。
あくまで個人的な見解ですのでお玉さんに迷惑がかかるような過剰な反応は勘弁して下さい。
村野瀬玲奈さんのコメント中の、
>私はここでは護憲派「常連」だけど、私の持っているのは贖罪意識にあふれた終わり無しの自己批判なのかなあ。ちょっと違うように思うのだけど・・・<
あるいはコギトエルゴスムさんのコメント中の、
>博識だし、良い人に思えてきた。しかし、彼の書いたものを読むと、良いこと言ってるが結論がナンカしっくりこない<
などの発言には図星を言い当てられて戸惑う様子が窺えました。
それから、斎藤誠さんのコメント中の
>個人的な見解として書かせて貰うと、護憲派も改憲派も表現の自由の名の元に嘘をつきすぎてしまっている<
には改憲派の一人として否定します。私は改憲を語るに際し
て嘘をついたことはありません。
p.s.もしかして、ここは改憲派おことわりのblogだったのでしょうか・・・?
いちおう、今晩右派の限界も書きますので、そちらを読まれてどう思うかもよかったら、コメント下さい。
>p.s.もしかして、ここは改憲派おことわりのblogだったのでしょうか・・・?
ちなみに斉藤さんは改憲派です。
お玉自身はバリバリの護憲派平和主義者ですが、語り合える心優しき改憲派の方々もコメント下さってます。
>・・などの発言には図星を言い当てられて戸惑う<
までを読んだ私は、篠原さんが戸惑ったと思い、ずいぶん素直な人だなーと感心していたら
>戸惑う様子が窺がえた。< と続いていた。
と、いうことは、戸惑っているのはこの私?
全然図星ではありましぇーーーん。(お玉さんの真似)
篠原さん、ひとの意見は良く読みましょう。(これも、お玉さんを真似ちゃいました。)
今日、友人がこんな話を聞かせてくれました。
自民党の中でも右寄りとされる中山正暉さんが、以前、選挙の際、こう言っていたそうです。
「もし、共産党政権になったら、自民党政権よりももっと日中関係は悪くなる。共産党は妥協せず何でも言いたいことを言うが、そんなことをしていたらどこの国とも仲良くなれない。日本は世界の孤児になってしまう」
ちょっと挑発的な言い方になってしまいましたが、日々放たれるイデオロギー放射能汚染に抗するにはこれくらい言わないと。
もっとも、共産党が政権を取ることは永久にないと思いますが。
>うちは何度もダブハンしてくるような方のご意見は聞きません。どうしてもお書きになりたいならIPアドレス変えて、お玉にばれないようにしてください。お行儀わるいよ。<
もしかしたら、これは私のことでしょうか?もしそうだとしたら誤解です。私は初投稿です。もし他ハンドルで既に投稿していたと、お玉さんが主張されるなら、どうぞ構いませんから、その投稿の個所と私のこの上の#8のIPをここで晒してください。
>そちらを読まれてどう思うかもよかったら、コメント下さい。
と、ありますが、とりあえずここでお玉さんのレスが入るまで、今後レスは控えようかとも考えています。
前回は初投稿でありましたので、極力誠実さを見せようと、メルアドも記載していたのですが・・・。
ダブハンは出入り禁止で削除の対象ですので、ここにコメントは残してません。
それ以外のお行儀の悪いコメントはいったん下書きにまわして、別場所移動となります。
誤解をさせてしまってごめんなさいね。
ルールをどこかに書こうと思いつつまだ作ってなくてね・・
>左派が自国の問題点のみにとらわれることで、韓国との問題点を放置することに加担していることになる
僕の目から見ると。
彼等と我等が同じ時代に生きていて、同種の問題に直面していることを忘れて、「それは彼等だけの問題」「これは私らだけの問題」と分けてしまっている、そこが責めるべきところ。
ペ・ドゥナが出ているてことで、映画「吠える犬は噛まない」や「子猫をお願い」を見たのですが、その中で皮肉に描いてある社会のヒズミ(女性差別とか、団地での疎外感とか)が、日本と同種であるのに慄然としたくらい。
彼等の国の国内問題に目を背けることは、私らの国の社会問題を見落とすこととほぼ同じと思います。


















