2006年04月24日
若者の使命
先週末は猛烈に忙しくて、記事を書くことがなかなかできませんでした。
土曜日にとむ丸さんにお会いして、友好を深め、女性政治ブロガーの絆を確認しあい(などと大げさなもんじゃないけど)たのしい「ウワバミとゲコ(下戸)の会をやりました。無事、お帰りになったかしら?
さてさて・・・・小倉紀蔵さんの「歴史認識を乗り越えられるか」の三回目。
途中お玉のモチベーションが下がってしまい、ごめんなさい。「左派の限界」「右派の限界」の続きです・・・・
歴史認識を乗り越える―日中韓の対話を阻むものは何か
団塊の世代が経済発展に集中して取り組め、平和国家として経済成長できたことは日本人の努力や優秀性、だけではなく九条および米国の世界戦略さらには朝鮮半島における「反共の防波堤」の存在によることが大きいといってます。
そして、若い日本人の中には前の世代が行なったことの責任をなぜ我々がとらねばならないかと反論する人がいますが、これに対して「今の若い世代は日本経済を発展させた担い手ではなかった」という事実の認識から出発する必要がある、といってます。なんか、すごいぞ。
「団塊の世代は経済活動に専念せざるおえなかったために、東アジアでの出来事に無関心でいることがきたし、過去の問題を真に解決する主体とはなりえなかった。団塊の世代以下は、自らが日本の経済的豊かさを達成したわけではなく、基本にはその豊かさを、これまで享受し、これから維持してゆくべき世代である。」
団塊の世代のいい訳と押しつけのように若い人に思われてしまうかなあ・・・。
「豊かさを享受する世代だからこそ、団塊の世代より上の人たちが看過することのできた問題に取り組まなくてはならない使命が課せられたと考えるべきである。」
じゃあその使命ってなによ、といいますと、ずばり、「アジアとの和解および日本の国際貢献」です。
「反省と謝罪を通したアジアとの和解」のみを掲げる「左派」と「国際貢献」のみを掲げる「右派」(?そうかなあ??)の立場をまとめる第三の道こそがこれからの日本の姿だと小倉さんは言ってます。
はじめて手にとってこの本を読んだとき、結構「いいこと言うなあ」と思ったんですけど、こうやって書いてるうちになんだかねえ・・・・現実路線にはちょっとほど遠いような気もしてきてます。お玉、いつになく、結論めいたことを言ってますが・・このあと、歴史認識問題も取り上げてるんですが、もう、疲れてきたんでや〜めた!(こんな政治ブロガーはお玉だけだろうなあ・・ええ加減でごめん、みんな)
あの、お玉の取り上げかたが悪いだけで、本自体は読んで損は無いです。右派も左派にも評判のよろしくない本だとしたら、尚のこと読んでみるべきだとお玉は思うんです・人気がない→痛いところをつかれている、聞きたくない話が書いてある ということもありますもの。読み物的には読みやすい本ですし・・・
お玉、とにかく今は「自民党の改憲(新憲法草案)に反対だぞ」という同志を増やすべく
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この記事へのコメント
団塊の世代の一人として、この本はちょっと興味がありますね。私たちの世代は、戦争へ行った自分の父親から、直接、話を聞いて育ちました。
そんな父親を含めて、自分たちの前の世代を理想化するでもなく貶めるでもなく、そのまま等身大で受け容れてきたと思います。
高度成長の波に乗って成長し、無我夢中で子供たちを育ててきて、今あらためて亡くなった父親のさまざまな言葉を思いだし、噛みしめているところです。
もしかして、「せんりゃく(戦略)」を「せんりょく(戦力)」と打ってませんか?
そうだとしたら、たぶんタイピング時のクセになっているのかと思います(^^;。
戦略・・ですよね。
(^^;)なおしました・・自分で気がつけないのを年のせいにしてはいけないが・・やっぱ年のせいか・・ありがと。m(_ _)m
<こうやって書いてるうちになんだかねえ・・・>
<もう、疲れてきたんでや〜めた!>
いいなぁー。
期待を裏切るようなどんでん返しの結末で、、、、、。
こんなのもアリなんでしょうね。
難しい理論をこねくり回すよりも、強いのかもしれません。
良い意味で「まいりました」(ノ^^)ノ
まず、「左翼」「右翼」とせず「左派」「右派」としたのは、ある事柄に対する両極という趣旨だと思います。
だから、示した立場というのも理論上の立場であって、何人実在しているかなどは関係ないのだと思います。
そして、それらは自分の立場の位置付けを読者にわからせるための「前振り」に過ぎないのだと思います。
なぜ、そんなことをするのかというと、おそらく、著者の方がNHKで仕事をしていることとも関係しているのだと思います。
つまり、このご時世では何かを主張すると「右だ」「左だ」と言われるので、それを阻止するために、前振りをしっかりしておこうということだと思います。
>「豊かさを享受する世代だからこそ、団塊の世代より上の人たちが看過することのできた問題に取り組まなくてはならない使命が課せられたと考えるべきである。」
このへんは賛同ですね。上の世代が創り上げてきた豊かさだけを享受して、責任・問題は知ったこっちゃないではスジが通らないと思います。
>「反省と謝罪を通したアジアとの和解」のみを掲げる「左派」と「国際貢献」のみを掲げる「右派」
このへんの記述は私も違和感アリですね。「アメリカへの貢献」と「国際貢献」とを同じ意味で使っている首相や、「中国のご機嫌を取る」と「アジアとの和解」とを同じ意味で使ってる議長もいるくらいですからね・・・。
歴史認識問題も取り上げてるそうですが、この小倉さんの歴史認識がどうなっているのかも、ちょっと知りたいなと思いました。
これ読んだ人は分かっていると思うけど、お玉、ずるいからあえて書いてない問題点もあるんだよね。先日の一連のコメント欄でのこともあって、取り上げるのを見送ってます。その辺りもふまえ、読んでみてください。って、嫌と言いつつここまで取り上げるか??
「豊かさを享受している世代だからこそ、前世代が置き去りにした責任を果たすべき」
もし俺の世代がその「責任」を果たし、隣国もそれを認めたとする。
俺は遺恨を次世代に残さずに済んだ事を喜ぶだろう。
もし、それから数十年後に隣国が俺の子の世代に、また責任を追求してきたら、俺は激しく怒るだろう。
俺は、前世代の先人は既に責任を果たしたと考える。
俺がもし「日本の前世代は責任を先送りにした」と言ったなら、それは隣国と国交樹立を果たした先代を愚弄する事になる
責任の意味がアジアとの和解(謝罪じゃないよ)と国際貢献なのですが、そのために何をしたらよいかという話がこの本の後半に出てきます・・がお玉がそれをあえて書かないのはそれを消化して、わかりやすくここに出せないのと、右派に(左派にも)理解して頂く自信が無いからなのよね・・だからや〜めた!なのでした・・とほほです・・・(^^;)
自分の名前間違えました、正しくはmdyarohです。
本を読まずにコメントするのに抵抗あります。
日本はアジアの国々と未だ和解できていないのでしょうか?
勿論、マレーシアにもシンガポールにもベトナムやインドネシア、台湾やパラオにだって「日本が嫌い」と言う人は多少なりともいるでしょう。
それでも、これらの国々との友好関係は築けていると考えますし、俺の世代の役目は「関係修復」ではなく「友好関係の維持」だと考えます。
文中で中韓北との友好のためには(謝罪でない)何をすべきと説いているのか、興味ありますね。
隣国との友好維持は対等な関係を築くとは
→お互いを尊重した上で言いたい事を言い合い、紛争は話し合いか国際機関で公平に解決する。
決して、一方がもう一方に過剰におもねたり、あるいは子供扱いして甘やかしたりする事ではないと考えるのです。
シノゴノ言ってるヒマがあったら、さっさと読め…って感じですね。
反省と謝罪の言葉を言い続けるのは無論のこと、それを言葉だけでなく行動で示し続ける、それしか謝罪の方法は無いと思う。
それを続けることで、相手が「あなたが心の底から反省しているのはもう良く分かった。二度と同じ過ちが起きないよう、不幸な過去を教訓として、友好関係を築いていこうじゃありませんか」と言ってもらえるようなってはじめて、謝罪が受け入れられた(完了ではない)とすべきではないかと思う。
これをずーっと続けること。これしか品格と誇りのある国家としての謝罪の道はないと感ずる。
ただ一言。
俺は、
「日本=加害者」
「中国=被害者」
と云う構図は間違いだと考えてます。
(韓国は勿論被害者ではない)
小倉さんはニーチェ持ち出して、「ゆるす」という意味について話しておられるんですが、これがまたピンとこなくて・・・左派の謝罪も右派の否定もお玉的にそれだけでは解決しないと思うからこの本を取り上げたのに、よけいにこんぐらがってしまって、悩んでます。
Looperさんもmdyarohさんもぜひ読んでいただきたい。そして、またあらためてコメント欲しいなあ。たぶんどちらとも納得できない話だと思うから・・そういう本も珍しいでしょ。お玉は今うまくコメントできません。う〜ん、あなどれん、小倉氏。
>mdyarohさんさん、気を遣ってくれてありがとう。そのうち、議論の場をちゃんと持つからね。
被害者にもたらした被害を加害者が認識し、自らの誤りを自覚し、その過ちを二度と繰り返さないように自らを律する。それで謝罪が成立する。その上で被害者が許してくれることを加害者は謙虚に願う。ということではないでしょうか。謝罪の言葉は発声したけど裏では「俺は本当は悪くない」などと言っていたら謝罪の正当性や誠実性を疑われてもしかたない。
人様のブログのコメント欄にこんな趣旨のことを書いたことがあります。全文は
http://blog.so-net.ne.jp/hikokumin/2006-01-29
戦争が始まる原因なんて、どっちもどっちで、お互いに相手の出方の読み違いから起きます。
どちらかが100%悪いなんてありませんから。
勿論、「加害者」「被害者」の個人は居ます。
で、韓国ですが、韓国とは戦争してませんから。
条約で合意した併合には、加害も被害もありません。
討論の場が出来ましたら、是非お話し合いしましょう。
ご迷惑を掛けない様に注意しますので、またよろしくお願いします。
謝罪という行為に対する認識にずれがあるのだと思います。私のそれ程多くない国際経験からですのであまり説得力がないのですが、日本人は謝罪すればそれで関係がリセットされると思いがちで安易に謝罪してしまいます。しかし外国人(特に中韓)は謝罪という行為は上下関係の始まりと捉えているように思います。全ての面で未来永劫中韓の言いなりになる覚悟があれば謝罪の意を持てばいいのですが、対等な関係を望むのであれば謝罪の意など示してはなりません。日本的な情緒で解決は難しいと思います。
> 対等な関係を望むのであれば謝罪の意など示してはなりません。
あきれた偏見ですね。というか、それをどうして信じられるのかが不思議です。
そのソースがどこなのかは知りませんが、それぐらいのデタラメは見抜けるように欲しいですね。韓流ドラマ見たって、そんなの嘘だってすぐ分かるじゃない。相手に迷惑をかけたらすぐ謝る。日本以上にそういった礼儀には厳しい国ですよ。それで、上下関係が決まるなんてありえません。
友人の中国人だって、ちょっとした失礼があったらすぐに謝ってくれましたよ。もちろん私もね。それがお互いにできてこそ、対等平等な関係が築けるのです。
#いつになったら「改憲問題」が書けるんだろうか・・・
え〜と、(以下、挑発になるので自主削除)
私の意見は完全に主観的なもので実際に商取引をした上で感じたことです。
利害が絡んでくるとそういった場合が多いなと感じました。日本人同士の感覚で謝罪すると大変です。
普通にお付き合いする分には世界中の人みんな良い人ばかりですよ。でも、それぞれの国々にあるしがらみが良い人になってばかりでいられなくするのですよね。残念ですけど…。
>あきれた偏見ですね
は、あかん。

















