2006年09月24日
死刑廃止論について
死刑廃止論についての麗子様玲奈さんばあやさんたちとのお話に、沢山のコメントをありがとうございます。
お玉はお玉らしくしか語れないので、皆さんのような深い考察が出来ていない・・・けれども、被害を受けた当事者の方々以外が「悪」と確信の持てるものにたいして安心して、非難し、攻撃できること、その流れ以外は許されないような風潮、マスコミの態度、被害者家族の方の気持ちがそのためにどこかへ置き去りになっているような違和感をお玉はぬぐうことが出来ません。
あるブログでの死刑存続論を読んだとき、他国の再犯率のデーターや国民のどのくらいが死刑廃止を支持しているのかという事が書かれてあり、そういうモノを根拠に話されているのは、なにか違うような気がしてました。
ロベール・バダンテールの演説の全訳を村野瀬玲奈ちゃんが持ってきてくださり、本を紹介して頂き、フランスの死刑廃止への試みがどれ程困難を極めたモノか理解できました。、今まで、日本は特別で他国とは文化が違うから死刑制度が認められていたんだと思っていたのですが、この考え方もお玉の中で一気に崩れました。感情論のレベルで、死刑廃止を訴えていては、伝わらない。それを分かっているからお玉は今まで書くことを躊躇していました。
国家権力が人を殺すのがなぜいけないのか、と言うところへ気持ちを持っていかないと、死刑廃止についてはなかなか語っていけないのだと思います。もちろん終身刑の問題もあります。
お玉は今から勉強していきます。
なぜいけないのか・・亀井静香さんがこういってます「人の命を大事にしない国家というのは絶対に健全ではない」
死刑廃止を推進する議員連盟というのがあって、そこに名を連ねる議員は政党ワクが完全にはずれ、自民党〜共産党まで、すべての党の議員さんが幅広く参加してくださってます。ちなみに、先進国で死刑制度が残っているのはアメリカと日本だけ・・またしてもアメリカと仲良しさんだったのよねえ。
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この記事へのコメント
ブログにブックマークをし、紹介をさせていただきました。
紹介が正しくないようでしたらご指摘ください。

そうです。この問題には右も左も基本的にないはずです。
だいたい、ソ連をはじめとする旧東側諸国は総じて死刑やりまくり国家でしたし。
>ちなみに、先進国で死刑制度が残っているのはアメリカと日本だけ・・
う〜ん(^^;、それは先進国をどう定義するのかにもよりますね。
ちなみに、私が気になるのは、儒教文化圏はどこも死刑存置国家だということです。
死刑問題の周りにみなさんが展開したそれぞれの考えを読んで、もう一度バダンテール演説を読んだら、みなさんの疑問に対応する部分が必ずといっていいほど演説の中にあることに気付きました。フランスでの長い間の議論の蓄積の重みを感じました。
お玉さんが紹介してくれた亀井静香の「人の命を大事にしない国家というのは絶対に健全ではない」という言葉も、バダンテール演説で言えば「国家が市民の命を意のままにする全体主義国家には死刑が必ずある」という趣旨の話につながるのだと思います。
さて、麗子お嬢様を連れてそろそろ次の訪問先に行く準備をしなくちゃ...。
突然ですがお玉さんは植草事件をどう思いますか?
私は冤罪だと思っているのですが。
意見など聞けたらと思っています。
関連ブログ
神州の泉
http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2006/09/post_5052.html#c9802883
AAA植草一秀氏を応援するブログAAA
http://yuutama.exblog.jp/
株式日記と経済展望
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
なぜ、えん罪や陰謀論について語らないかにつきましては、そのうち記事にしますが・・・
他者を自分勝手な理由で何人殺害しても死刑だけは回避できるっていう国は、人の命を大事にしていると言えるのでしょうか。個人的には疑問です。
日本では、年間千数百件の殺人事件が発生しています。他方、年間死刑判決数が10件を越えることは、オウム事件のような特殊な事例を除くと、まずありえません。つまり、死刑になる殺人犯は、ごく少数だということです。これは何を意味するか。
それは、死刑が、「遺族にかわって報復する」ことを目的としてはいないということ、「死刑」の基準は、「報復」とは全く異なった次元に存在する、つまり、倫理的問題ではないということです。
今日、また、司法による「医学的判断」がなされました。重要なことは、同じような凶悪犯罪においても、死刑になるのは一部であること、かつ、実際に犯される違法行為のうち、処罰されるのはいくつかに過ぎないことです(脱税や内ゲバ殺人を想起すること)。
まさに、「処罰するというのは最も難しいこと」(フーコー)なのです。
法の下の平等というのは何よりも重要なもののはずで、それが損なわれるのはもはや法治主義ではないのではとさえ思います。
そのため、司法は判例というものを尊重してきたはずです。
今後、一人殺しただけでも死刑はあり得るとの方針へ変えるというのなら、それ自体は正当化もできるでしょうが、では、代わりの基準をはっきりと示さなければならない。
しかし、今日の判決をみていると、どうも、その時々の裁判官の主観で
死刑判決を出してもよいのだと言っているように思えてなりません。
http://news.goo.ne.jp/news/asahi/kokusai/20060918/K2006091701960.html
今回2006年9月の仏世論調査の結果
死刑復活を望む 42%
死刑復活に反対 52%
「若いほど、また高学歴になるほど復活反対の傾向が強い」など、支持政党、年齢、性別、職業別の結果も簡単に紹介されていますが、「死刑の復活を求める声が増えている」とは記事には書いてないです。こちらで読めるAFPの記事原文
http://tf1.lci.fr/infos/france/justice/0,,3331487,00-peine-mort-francais-sont-favorables-.html
にもそうは書いてありません。
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さて、死刑が廃止された1981年1月4日「ル・ジュルナル・デュ・ディマンシュ」誌発表の、死刑廃止前の世論調査では
死刑に賛成 63%
死刑に反対 31%
でした。
25年間で死刑賛成が63%から42%へ、死刑反対が31%から52%になったわけです。
http://dossiers.ouestfrance.fr/dossiers/pdm_france.asp?iddoc=6240
そこから数字をだけ拾うと
3年前 死刑反対 54%
昨年 死刑反対 56%
今年 死刑反対 52%
昨年と今年を比較すれば確かに死刑反対が4%増えてはいますが、「フランス人は死刑に犯罪抑止力がないことがやっとわかったようだ」というアムネスティ・インターナショナルのコメントがあり、この記事は死刑に反対する世論が定着しているという文脈でとらえてます。
私が思うに、2〜4%のぶれは通常のぶれの範囲内ととらえているのではないでしょうか。あるいは、4%の減少は最近のフランス社会の右傾化を反映しているのかもしれません。それでも、死刑復活反対がなお過半数。
そもそも、死刑を復活させようとしたら、死刑廃止を加入の条件にしている欧州連合(EU)からフランスは脱退しなければならず、それは政治的にももう無理です。
「確かに死刑反対が4%増えてはいますが」
--->
「確かに死刑反対が4%減ってはいますが」
m(__)m
現状は愚か者(あほう)が増えているので、生死の価値がわからずに犯罪が増えているのだと思ってます。
死刑があるなしでの抑制力の問題ではないと思ってます。
人間の手での死刑に嫌悪があるのなら、ロケットにつめて地球外に飛ばしては如何でしょうか。(地球に住む権利剥奪)
根本的な問題として、日本の治安がいいのか、悪いのか、ということです。ここは、死刑について議論されている場ですから、「殺人」をみてみましょう。2005年版『犯罪白書』によると、2003年の人口10万人あたりの殺人発生率は、仏独英米日の順に、3.6、3.1、3.3、5.7、1.2という結果になっています。そして、日本より発生率の低い国となると、もうイスラエルくらいしか見当たりません。
治安は決して悪化してはいない。このことから、どのようね結論を出すかは意見の分かれるところでしょうが、基本的なデータを抑えることは基本中の基本と考えますので、指摘しておきたいと思います。
日本における殺人〜その1 少年凶悪犯罪は増えているのか?〜
http://homepage3.nifty.com/civilsocietyforum/page213.html
少年犯罪は急増しているか
http://kogoroy.tripod.com/hanzai.html
日本における殺人−その2 殺人率−
http://homepage3.nifty.com/civilsocietyforum/page227.html
日本の殺人率のデータ
http://www.geocities.jp/celavibz/geoboardlog3/268.html
それでも異常な事件が増えているのではないかと言われるかもしれませんが、昔から異常な少年犯罪はありました。
少年犯罪データベース 異常犯罪
http://kangaeru.s59.xrea.com/ijou.htm
ところで、今思ったのですが、「異常犯罪」という言葉は、ひょっとすると、あまり使わないほうがよいかもしれません。というのも、この言葉は、極めて価値判断的な言葉であり、非常に主観的です。ある犯罪が異常かそうでないかというのも、「矯正不可能性」と同様、医学的判断に任せるほかありません。「異常」はまさに精神病理学的な問題ですから。おそらく、熟練の精神病理学者が見れば、「異常犯罪」の多くは、異常でもなんでもないでしょう。
ここはやはり、「凶悪犯罪が増えているのか減っているのか」に中心をすえた方がよいと思います。

















