2006年11月23日
道徳の授業教材(その2)
昨日のポン太とリンリンのお話に関して・・
小学校低学年ですので、もちろんこの内容でもっとわかりやすい紙芝居方式で子供には説明しております。が、内容はほぼこの感じです。所有権の話とかでてきませんし、設定自体に無理があるという皆様の意見はごもっともです。
お玉の友人など、このお話にポン田もしくはりんりんが正しいなんて言うのならそんな学校、石投げに行きますと豪語してました(^^;)
今年の春、お玉は知り合いのお若いおかあさんからこんな話をされました。
小学校二年生の父親参観日の道徳の時間にこの「ポン太くんとリンリンちゃん」のお話を先生がして、その後1時間かけて子供達に話し合いをさせたそうです。それこそ、子供なりのいろんなおもしろいアイディアもでたし、半分ずつしましょうという案も出た。
ディスカッション自体はおもしろく、子供達の意見に親御さん方も聞き入ったそうなのですが、授業の最後に担任の先生がこういったそうです。
「先生はリンリンちゃんのものだとおもうよ」
(石投げに行こうぜ、友人)
先生がその理由としてあげたものが、Aくんが運動場に落ちているドッチボールに名前を書いておいていたとして、後で、別の子がそれを使っても名前をかいたAくんのものではないでしょう。というお話だったそうです。
その若いおかあさんは戸惑っておられました「答えがないというならわかるけど、リンリンが正しいというのはどうしても納得がいきません・・」
その後お玉もいろいろ調べてみると、どうも、この担任の解釈は間違っているように思うのですが・・(ようはこの担任どこかの勉強会でこの話を学んできてたけど、きっちり解釈しないまま子供に伝えた・・と「善意」に解釈したい。)う〜〜でもこの教材を参観日に使うとなればそれなりに事前に打ち合わせとかお仲間の先生方とするよな・・・・・・
この手のディスカッションに解答があることはあり得ない・・とそれなりの本を読めばもちろん書いてあります。ただ、問題になってくるのは、何か高尚な内容であったとしても、それをきちんと教育現場に伝える能力のないこと。お玉はとっても不安に感じます。
でも本当はまだまだこの話にはいろんな問題が出てきてます。今後この方式の道徳教育は広がっていくようです。だからこそ皆さんに知ってもらいたかった。
詳しい学術的なことはもっと後で述べるとして・・
教育改革基本法改正の話、腹も立つし、何とか阻止したかった・・・でもそのお話がなかなか「おかあさん」たちに伝わらないのは子供達が実際にどんな事を今学んでいるのか、これからどうなっていくのかが、あまりにも伝わってないからかなあとお玉は思うのです。
続けます。しつこいけど、次は高学年用道徳教材
まさる君の学校では、毎年一人暮らしのお年寄りにはち植えの花をプレゼントします。まさる君の今年の担当は山田すずさんというおばあさんです。まさる君は、はりきって、自分の育てた花をおばあさんの家まで運びました。でも、おばあさんは、「足が不自由で花の世話ができないから。」と言って、花を受け取ってくれません。まさる君はどうすべきですか?
もちろん正解なんてありませんが・・
これも授業構築の考え方の過程にとっても「違和感」を感じた教材です。
皆さんがまさる君ならどういう行動に出ますか?
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この記事へのコメント
で、今夜の問題。これは、おおいにありえる話。私なら、「じゃ、僕が育てて見せに来てあげるね」とかっこく言って、家に持って帰る。しかし、部活に忙しく忘れちゃう。お婆さんが覚えていて寂しがるか、忘れちゃうかはわかならない。こういうことのないように「花」をプレゼントするのはやめよう!ということになうのかな。嗚呼!
ところで今回のお話が高学年用なのはなぜ?
さて、まさるくんがっかりですよね。こういう場合は先生がフォローして、じゃあ代わりにおばあさんのお願いをひとつ聞いてみようよ、とかいうのがよさそう。こちらからの親切はあくまでもこちらの都合、という謙虚さを見いださせるのもひとつの勉強です。そこで、じゃあ学校のしてることだって本当は勝手なんだなあ、とか言わせると面白いかな。笑
すると、今の与党の政治家が国民が頼みもしない法律をいっぱい作って国民に無理に押し付けようとするのは、与党の政治家がこういう道徳教育を受けなかったからですね。(笑)
留守にしていたため今初めて拝見しました。
大変面白い企画ですね。
できたら時々でも結構ですから、見せてください。
孫の世代のことなので……。
初めまして。お玉さん、こんにちは。いつも見ているだけなんですが、面白くて参加します^^。昔から道徳の"正解"は奇妙でしたよ。日直が忘れた黒板拭きを勝手に手伝ったらダメ、とか(笑)。変な正解で、"大人を絶対と信じたらダメ、って教える為の"道徳”かなって思ってました。このケースでは、まさるくんが毎日花の世話に通う、に一票。実際にそういうことが有ったので。大人はそこまで・・・と思っても、子供は意外と簡単にそうすると思いますよ。
お玉さま、
「リンリンのもの」で思いきり引いてしまいました。
何処が道徳だ?????
今度もなにかあるんでしょうなぁ・・・・・・・
石投げに行きますとおしゃった方・・・・
私は岩を投げに行きます。
とりあえず、まさる君が毎回世話をしに訪れるか、足が不自由でも世話のできる花にするとかでしょうか。この学校で続けられてきているイベントでしょうからこのような問題に出くわしたことは過去にあっただろうと思うのです。そもそも何のために鉢植えを送るのかといった疑問も残ります。山田さんは本当に足が不自由だから断っているのかそれも気になります。考え出したらきりがありません。
正直こんな問題ばかり出されると、他人とコミュニケーションとるのが煩わしくなってこないかと心配になります。直接山田さんと話をすることが必要だと感じます。一般論を語ることも必要でしょうが、状況は様々なのでその都度ぶつかっていくしかないでしょう。
もちろん「ぼくが育ててもってきますけど受け取ってもらえますか」と言うのはアリです。でも最後は相手次第。
それにしても、道徳の問題、どう解くの?って感じで面白いすネェ。
ちなみに、婆ちゃんの好みの花じゃなかったかもしれんしな。
婆ちゃんの理由は正当な理由だし、いいことだからって押し売りは遺憾ぜよ。
ただ、決してディベートを目的としているわけではないんですけどね・・皆さんの「なんでこんな設問なんだ!!」というお怒りをひしひしと感じつつ・・もうチットご意見募集します〜〜この、意見募集にも実は意味があったりします。
一体何を教えようとしているんでしょうか?授業参観の場合、
教科の選択から参観に来た人に何を見せたいかまで、学校側により様々な検討がなされていると思います。
さらには前後の授業やこれまでの子供の理解度、授業の狙い、教材の選択理由、等々私にはこの授業内容の感想をいえるための情報が少なすぎます。
せめて学校側の授業の狙いと教材の選択理由を教えてもらえると何か感想が書けると思います。
個人的にはこういう話題の記事は大好きです。
私は教職員組合の非常に強い時期に小学校を出たので『道徳』の授業を受けたことはないのですが・・・今はこんなのが使われているのですね。
リンリンの回の解のように、ある一面からだけ見た解を押し付けることで子供たちから理不尽さに対する抵抗力を奪うという目的でもあるんでしょうか?
学校は理想を教えるところであって、世の中の不条理を教えるのは家庭やちょっと悪い大人の役目だったように思うのですけれどね。
今は学校で世の中はこんなに不条理なんだと、善意だけでは世の中渡っていけないんだけれど、そう素直に言ってしまうひねた子供も世の中渡って行けないのだよ、という裏の裏まで懇切丁寧に学校が教える時代になったのですね。
そのうち『見つからないタバコの吸い方教室』なんて授業ができるのではないかしらん。
反面教師は一生心に残りますね。
でも、そんなことも言っていられない場合もありますが。
こんなこと言っては何ですが、今、優秀な人材が教師にならないのも問題だと思います。もちろん学業優秀な方も中にはいますが。また優秀でも、それを発揮する動機付けに乏しいと思います。特に公立では。
先生方ごめんなさい。うちの娘の今の担任は幸い良い先生ですが。それでも、ごたごたがあって6年間で7人担任の先生が変わりました。本当です。
ワタシ的には、こんなこと真顔でやってる先生って、なんか根本的なカン違いがあるんじゃないかと思います。こうした設問は、つまるところ想像力や共感能力を育てることに主眼があるつもりで設定されてるんじゃないでしょうか?それを算数の問題のようにとらえてる感情枯渇のマニュアル人間の先生がアタマで考え教えてる問題が一つと、こういう先生が決して少なくないにも関わらず、授業の中で感情的能力が育つと安直に考えてるアホさがもう一つ、二つの問題が提示されているように思います。
上記の「アホさ」は、道徳を学校の授業で一律に教えることができる、なぞと考えている文科省と政治家のアホさのことです。
先日はどうもありがとうございました。
お玉さんの情報力と学習意欲にはいつも驚きます。
ところで私も相当お勉強して、「与党案の教育改革はアカン」ということを追求しているところです。
ちょっと忙しくしてて出足が遅れてしまいましたが、連載で検討を重ねていくつもりです。トラックバックしますので、よろしくお願いしま〜す。
どうも、教育勅語こそが「道徳」だって発想が政治家や教育者の身体に染み付いているような感じですね。「夫婦は仲良く、兄弟朋友は仲良く」などという「徳目」を国家が決めてしまっているのが、最低なんですね。胡散臭くなっちゃうんだよね。
鳥が自然に空を飛べるようになることと同じようなものなんだよね、「道徳」って。

















