そろそろアドベントに入るので、デザイン変えてみました。いかがでしょうか?

道徳のお話も今日で三回目・・・

まず道徳の教材(その2)でのまさおくんのお話について・・

お玉が考えたのはおばあさんに断られたまさおくんは「じゃあ毎日僕がお花に水をやりにきてもいいですか?」だった。

このまさおくんの話を某教育研究所が分析してるんだけど、そこで書かれてある「子供達が考えそうな答え」と言うところでお玉は切れそうになったのです。

「花鉢プレゼント」での子どもたちの判断とその理由のうち代表的なものを示そう。

ア.何とかして花をわたすべき。
 1 おばあさんに元気になってもらうための花なのに、わたさないと意味がない。
2 おばあさんに花をわたさないと、みんなになまけたと思われる。
3 学校で決められたことは、ちゃんと守らないといけない。
 4 みんなが花をわたす計画を、自分のせいで失敗させるわけにはいかない。
 5 せっかく育てた花だから、とにかく受け取ってくれないといやだ。

イ.花をわたすべきでない。
 1 あまり無理にわたすと、おばあさんに怒られてしまいそうだから。
 2 おばあさんが断っているのだから、その気持ちを大切にする。
 3 無理に花の世話をさせて、けがでもさせたらプレゼントの意味がなくなる。
 4 親切のおしつけは、かえって迷惑だから花にこだわる必要はない。
 5 無理にわたしても、おばあさんは花を育てられないから、花がもったいない

 

へ・?これだけ??もっとあるでしょう!!これと違う答えの子供はどうするの??折衷案は受け付けないのかい?

という疑問を呈しつつ、では、この形態の道徳授業のお話をしましょう。

こういう授業のことを「モラルジレンマ」といいます。

ローレンス・コールバークさんと言う人の理論だそうなのですが、人は道徳的価値観を思考や推論を通して学んでいくものなのだという考え方です。お玉が例に出したようないろんな解釈、考え方のできる事例を思い悩むことで、子供の道徳性を高めていく、なので、もちろん正解はないはずだと思います。

そして、子供達の考え方によってそれぞれ道徳的発達段階が7段階に分けられています。

コールバーグによる道徳性発達段階
 
(ア)段階0→「欲求希求志向」
 この段階では、自己の欲求や願望が満たされた状態が正しく善であり、自己が不 快で苦痛な状態は悪いことで、良くないのである。自分の好きなジュースを飲む子は良い子で、自分の嫌いな牛乳を飲む子は悪い子なのである。
 
(イ)段階1→「罰回避と従順志向」
 この段階では、正しさの基準は自分の外にあって、他律的である。親や先生の言 うとおりにすることが大切なのである。オモチャを手放すのはお母さんの指示に従ったまでで、親切心や仲良くしたいからではない。母親がただ怖いからである。
 
(ウ)段階2→「道具的互恵、快楽主義」
 この段階では、自分にとって得か損かの勘定が正しさの基準になる。将来助けてもらうかもしれない、自然に助けられたことがある、等の理由から援助が行われる。
 
(エ)段階3→「他者への同調、よい子志向」
 この段階では、集団に属し、よりよい人間関係を維持しようと気配りし、立ち振る舞う。良い子であることが習慣的に意味を持ち、正しさの基準となる。良心の 内面化が進み、罪悪感が行動を規制する。人からの賞賛を求めたり、叱責や恥を避けることが援助の理由となる。「自分がしてほしいと思うことを他人にもせよ(黄金律)が適用されるようになる。」
 
(オ)段階4→「法と秩序の維持」
 この段階では、社会の構成員の一人として社会の秩序や法律を守るという義務の履行にかかわっている。社会的責任をとることが大切であるが、それは単に友達 や親の期待にあった同調行動をとればよいというのではなく(これは段階三)、国家や地域社会に積極的に貢献し、決まりに従って義務を果たし、社会のために自分の役割を果たすことである。
 
(カ)段階5→「社会契約、法律の尊重、及び個人の権利志向」
 この段階では、道徳的な価値の基準が個人をして自律化し、原則的になっている。個人の権利が尊重されているか、社会的公平であるかどうかが問題となる。この段階では、困っている人はそれだけで援助を受けるに値するという認識がある。
 
(キ)段階6→「良心または普遍的、原理的原則への志向」
 この段階では、すべての人間としての権利や価値を平等に尊重するという人間の尊厳の尊重が正しさの基準となる。(普遍的な倫理的な原則を持つ。)「正義」と「慈愛」の原理が相互に支持し合い、調和する。コールバーグは、この段階を代表する人物として、キリスト、ソクラテス、仏陀、孔子、リンカーン、キング牧師などを挙げている。
 
授業としてはおもしろいと思う。道徳の授業方法の勉強会や講演会で最近よく紹介されているようです。朝の情報番組でも取上げられてましたので、ごらんになった方もいらっしゃるかも・・・・が、こういう講演会で必ずと言っていいほどセットで取上げられているのが、なんと!!「心のノート」の利用方法についてのお話なのです!!!モラルジレンマの授業で「決して価値観を押しつけてはいけない、子供達は自然に道徳的感性を成長させていけるようにしていきましょう」・・と語りつつ・・「なので「心のノート」も押しつけ的価値観ではなく自然にそういう気持ち(「世界の一員として、どう行動すべきか」とか、「美しい日本を愛する気持ちを持つこと」なのだでしょうか)がもてるように子供達を導いていくような道徳教育をしましょう」・・といったお話のようなのですが・
 
わ〜〜コギトエルゴスムさんとか〜愛国者さんが〜〜ビシバシにツッコミ入れそうだ〜〜〜
 
みんなは、どう思われますか??
そもそもポン太とリンリンのお話でもふれましたように担任教師がきちんと理解せずに子供達にモラルジレンマをさせることは大変危険なことだと思うのです。小さな子供は素直です。「先生はこう思う」ということを語った時点でこの授業は意味を無くすと思います。
 
そして、取上げる教材についつい目を奪われてしまうのですが、それを討論させた後、子供達の発達段階に応じて、どう先生は対処していくのかという細やかなところまで、見てあげられるのか大いに疑問です。しかもこじつけのように「心のノート」の大切さを説かれても・それは違うだろうといいたい。
 
コールバーグさんがおっしゃるには道徳的発達段階の成長は20代まで続くそうで、道徳的価値判断は変わっていく・・・らしい・・
 
心のノートって何よとおっしゃる方はこのサイトをご覧下さいませ。
 
最後にコールバーグさんが実際に提示したモラルジレンマを紹介しましょう。
 
ヨーロッパで一人の婦人がたいへん重い病気のために死にかけていた。その病気は特殊な癌だった。彼女が助かるかもしれないと医者が考えるある薬があった。それはおなじ町の薬屋が最近発見したラジウムの一種だった。その薬の製造費は高かったが、薬屋はその薬を製造するのに要した費用の十倍の値段とつけていた。かれはラジウムに二百ドル払い、わずか一服分の薬に二千ドルの値段をつけたのである。病気の婦人の夫であるハインツはあらゆる知人にお金を借りに行った。しかし薬の値の半分の千ドルしかお金を集めることができなかった。かれは薬屋に妻が死にかけていることを話し、薬をもっと安くしてくれるか、でなければ後払いにしてくれるよう頼んだ。だが薬屋は「だめだ、私がその薬を発見したんだし、それで金儲けをするつもりだからね。」と言った。ハインツは思いつめ、妻のために薬を盗みに薬局に押し入った。
 

さあ、みんなはハインツならどうする。

ハインツはどうすべきだったのでしょうか・・と子供達には聞くそうです。

これの道徳的段階については明日書きます。

(あ〜〜明日でやっと終わる〜〜(^^;))

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また、「心のノート」の話も取上げたいと思ってます。こんなもんに11億円も国はお金を使ってるのです。

自分の子供だけのお話じゃあない。日本の子供みんなが今後「道徳」という時間にこんな授業を受けるのでしょうか・・・日本のおかあさんたちがほとんど気がつかないうちに・・・

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