ずいぶんいろんなコメントが寄せられました。
みんな、有り難う!!
さて、このハインツのモラルジレンマについては参考文献を使って解説下さっているココが分かりやすいと思います。
多くのかたがおっしゃった、ドロボウしてでも薬を奥さんのために手に入れるべきというのは
6.個人的理念に基づく道徳性 個人的な道徳原理によって行動が決定されますが、その原理は全体的、大局的、普遍的な方向性を持ったものです。つまり、正義や尊厳、平等などに高い価値が置かれるのことになるのです。
に当たります。処罰を受けようとも人の命を救う事は尊い・・ですね。
さて、ここからお玉がやっと見つけたモラルジレンマの何が気に入らないのかという話です。先に紹介したサイトにあるとおり、コールバーグの理論はキャロル・ギリカンという人によって批判されました。
ギリガンは、コールバーグの理論は男性的な「正義の倫理」という観点に偏りすぎており、もっと女性的な立場から「他者へのケアの倫理」にも目を向けるべきだと主張しました。
そう、この一連のお玉の記事でずっと引っかかったのは押しつけでないといいながら、その根底に流れている正義の論理です。ハインツはもっと話し合いをしてもいいんじゃないか?まさお君はおばあさんの家に水やりに行ってもいいじゃないの、ポン太とリンリンは柿を半分ずつわけっこしようよ。ってな考え方、これが「他者へのケアの倫理」ではないでしょうか。
ギリカンが提示したしたモラルジレンマ・・・ヤマアラシとモグラの家族の話はヤマアラシのお願いを聞き入れて一冬を同じ洞穴で暮らそうとしてくれたモグラの家族がヤマアラシの針に引っかかれて困ってしまい、でていってくれるようにお願いする、でもヤマアラシはそれを断って逆にモグラたちに出て行けと言い返すお話です。
男性的倫理観ではモグラの家なんだからヤマアラシにでていってもらうと言う答えが「正義の倫理」として、解決の方向性とされるようですが、女性的な倫理「ヤマアラシに毛布を掛けてあげる」がコールバーグの言ってる「正義と自立」の道徳性から見ると道徳的価値は「劣っている」ことになる・・・ココに私たちは違和感を感じるから、お玉の一連の問い及びその答えの導き方にみなさん憤りを感じたのではないでしょうか。
ヤマアラシに毛布をかけるはコールバークの理論では道徳性発達の第三段階なのだそうです。評価が低い・・・(^^;)コールバーク自身も批判を受けて、多少理論の修正をしたそうですが、アメリカではいろいろ批判を受け、受け入れられなくなった理論だそうです。
正義と自立の観点から道徳性を定義した「モラルジレンマ」・・・そして、それとセットになって教えられる「心のノート」
日本のこどもたちはどこに向かって未来を歩いていくのでしょう。
今後は道徳の授業からますます目が離せなくなりそうです。教育基本法改正問題。こういった具体的な事をみんなに知ってもらうことも、説得力を持って反対してもらうために必要かな、と思いました。
最後にこんな問題・・これはテレビに取上げられてたお話です。
主人公のマルコは王様のお城を守る門番である。マルコが番をする門には、「戦いに行くときにしか決して開けてはならない」という決まりがある。この決まりは、昔この門を開けて敵に攻め込まれたことから、王様が決めた決まりである。ある時、狩りに出かけた王様は、ひどい熱がでて急いで城へ帰らなければならず、近道であるマルコの門へ向かった。門番として、家来として、マルコは門を開けるべきか、開けるべきでないか?
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これは、即答に近く悩みませんでした。
門を開けるべきではない。規則を作った者にはその規則を重く受け止めてもらうべき。