2007年04月15日
お玉は憲法のはなしを続ける。
お玉はアクセスと人気ブログランキングが上がると、憲法のことを書いてランクを下げてます・・右派系ブログでもそんなことを愚痴っていた方が以前おられましたが・・
お玉はそのためにブログやってるようなものですので・・
ここぞとばかり書いちゃうぞ(*^_^*)
さて、よくお玉たち護憲派が口にすることですけど、「憲法の根幹部分を改正した国って先進国ではない」・・・
日本国憲法の何が幹や根なのか・・
伊藤真さんがおっしゃってることですが・・
例えばドイツの憲法は50回近く改正されているけれど、、根本的な理念の部分はいじってません。フランス憲法でも、1789年(ってマリーアントワネットの頃だねえ)に出されたフランス人権宣言が今でも生きていて、古くなったからこれをあらためようという動きは全くないないそうです。
アメリカには社会権条項が一つもないそうで・・でも改正の動きはないそうですよ。(社会権って、人間らしく生きる権利のことだよねえ・・)
では何が日本の憲法の幹や根なのかといえば、立憲主義に基づく「個人の尊重」です。ここは、護憲派、改憲派のどちらの憲法学者も弁護士さんも「大事だ」とおっしゃってます。
自民党の改憲案(新憲法草案)は
個人の尊重に価値を見いだしていない。個人よりも集団、国民よりも国を大事にすることに価値を見いだしている・・
これが、昨日の記事自民党のいい訳で取上げた
自民党の新憲法草案で書き換えようとしている、「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」へ変換させているところに良く現れてます。
現憲法
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
↓
自民党改正案
(国民の責務)
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、保持しなければならない。国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。
現憲法
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
↓
自民党改正案
(個人の尊重等)
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
自民党の言ってる新憲法草案ってのはね、枝葉のチャチナ事を改正するんではないんだよ。そこだけは自民党だって認めてることだと思う。憲法の根幹を変えようとしています。
本当はイヤだったのですが、自民党の憲法改正に向けたいい訳(いえ・・論点ですね、はい)から引用しておきます。
国家とは、主権を保持し、国土を守り、国民の生命、身 体及び財産を保護する崇高な使命を負っているわけですが、比喩的に言えば、それはひとりひとりの国民の「他者の権利・自由を尊重しなければならない」という「責務」が集まってできたものともいえます。すなわち、「国家」とはどこか遠いところにある抽象的な存在なのではなくて、自分の愛する家族や隣人とかの 権利・自由の集合体と考えた方がわかりやすいかもしれません。
これのどこがヘンだなあって感じているのか・・・・比喩的に言えば・・の文章って納得出来かねますが・・・・・・
日本の政治ちょっとおかしいよねって実は思っている日本のおかあさんたちを探したくて・・・・お玉、人気ブログランキングに登録してます。いろんな人に語りたいから、あんまり過激な事は書かないし、むずかしいことも能力不足で書けません・・それでも、お読み頂けましたら、どうか、ポチッとお願い致しますm(_ _)m
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この記事へのコメント
私が嫌だったのは、彼らが自分たちもタダの国民でしかないはずなのに「主権在民」が気に入らないと言っていたことでした。一般民衆は愚かなのだから、主権者たる資格がないと。自分たちだけが「憂国の士」、まるで明治維新の志士気取りでした。
もともと今の憲法の作成時もアメリカのご許可があったからこそ作成できたわけで、
『主は与え、主は奪う。主の御名は讃えられよ』(ヨブ記)
日本の『主』はアメリカってことなんでしょうね。
日々護憲のために力をつくしてくださり、ありがとうございます。
でも、私が思うに「個人の尊重」ってそんなに尊い理念でしょうか?
「個人の尊重」だけ取りざたすると護憲派は絶対に不利だと私は思います。
護憲派市民の中には、すごく身勝手で約束も守らず、協調性もなく、権利ばかりを振りかざし、指摘すれば逆切れするような人がたくさんいるからです。
私は今、法学館憲法研究所主催の連続講座「世界史の中の憲法」を受講しています。http://www.jicl.jp/online/
今まで観念的に「尊いこと」と信じてきた憲法のなかの「権利」や「国民主権」という理念について、果たしてそうなのか?改めて考えさせられる講義内容です。
個人主義の護憲派の人たちが、利己的で何が悪いのと開き直り、本当にみんなにとって「尊いこと」について真剣に考えたり語ったりしないから改憲派に足元すくわれてしまったんです。
>16日に参院で審議入りした国民投票法案に関しては「今国会成立にこだわる必要はない」が過半数の55.6%。「早く成立させるべきだ」は19.9%にとどまった。
ということですね。
[「改憲賛成」微減57% 九条改正不要44%、必要26% 全国世論調査] / 社会 / 西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20070417/20070417_001.shtml
すごい!!お玉のまわりに「リアル」にいる護憲派のなかにはそんなヤツいないけど・・(^^;)もしもあなたが護憲派ならば、言いっぱなしでこういう文章を書くのではなく、自分がどういう場面でそう感じるか、もう少し丁寧に伝えて欲しいな。
>みんなにとって「尊いこと」について真剣に考えたり語ったりしないから
では、どんなことがramakoさんにとって「尊いこと」だと思う?
http://www.saitama-np.co.jp/news04/17/05p.html
もひとつ、10p.m.からのラジオ番組を紹介。
「国民投票法案に、最低投票率の規定は必要だと思いますか?--バトルトークアクセス」
https://tbs954.jp/CGI/ac/btt/btt_talk.cgi
ところで、現憲法の第13条、「すべて国民は、個人として尊重される。」は、決して「身勝手で約束も守らず、協調性もなく、権利ばかりを振りかざ」すような個人を擁護する文言ではありませんよね。
つい最近、護憲仲間とひと悶着あったもので感情的な文章になってしまいましたね。
具体例を挙げると、我先に話すとか、相手に意見を言わせることもあるけどすぐ批判の材料にするとか、集団で具体的な行動を起こそうとするとなんだかんだ言って逃げるとか、年金は破綻するから払わないとか。。。。
細かいことと言えば細かいことかしら。
私は、なぜ戦争がダメかということえるにしても、理論ですっぱり「悪」だからと割り切るんじゃなくて人の命を尊ぶ「愛」の気持ちから出ていないと説得力に欠ける気がしています。
んで、我日本国憲法の根幹も他者への愛、尊敬、信頼ってことだと思ってます。
もっと丁寧に書きたいけど、字数制限があるんですね。ごめんなさい。
あの・・貴方のお側にいるそういう護憲派のごく一部の方との感情的なもつれをもって、「個人の尊重」が尊い理念かどうかをを語ることは、コウトさんもご指摘のように違うと思うよ。
そうですね。
具体例をあげてと言われたのであげましたが、私が言いたいのはそこのところではないんですよ。
お玉おばさんは、さすがに百戦錬磨というか、反論をかわすのがうまいですね。私は論争に慣れていないので、もう書き込みはやめますね。ご迷惑をおかけしました。
でもやっぱり「個人の尊重」だけじゃ平和はこない気がしています。
日本国憲法の前文の
「人間相互の関係を支配する
崇高な理想を深く自覚するのであって、
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」ってありますね。
これは自分から愛や相手にたいすする信頼を発信することによって平和をもたらすことができるという意味だと私は読み取っているんです。
お玉おばさんはずっと具体的且つ果敢に護憲にために行動されていて、私は尊敬しています。
私は、なぜ戦争がダメかということえるにしても、理論ですっぱり「悪」だからと割り切るんじゃなくて人の命を尊ぶ「愛」の気持ちから出ていないと説得力に欠ける気がしています。
ものごとを客観的に解釈することと、それを人に伝えて同意を得ることの間には距離がありますよね。言うなら、その距離を埋めるのは相手を思う心かも知れません。それが一番難しいから、悪を根絶することも、人を信じることもできないままなのです。
日本国憲法の前文についてもさまざまな解釈があるでしょうが、実践的に考えるならばramakoさんのおっしゃるように動くしかありませんね。^^;
憲法とは国家が国民を縛る法律ではなく、主権者たる国民が、個人を遥かに超えた力を持つ国が個人を虐げることがないように、縛りを掛けるためのものなのだそうです。これを「立憲主義」と言うそうで、恥ずかしながら、私も最近まで良く知らなかったのですが、お玉さんお薦めの「マガジン9条」で憲法学者の小林節氏へのインタビュー記事を読んでよくわかりました。
http://magazine9.jp/interv/kobayashi/index.html(この記事によると、私一人が無知だったのではなく、現在、改憲を進めようとしている与党議員の方々もそうだったとわかって、たいへんホッといたしました。w)
NHKスペシャル|日本国憲法 誕生
http://www.nhk.or.jp/special/onair/070429.html
>憲法が規定しているのは個人と個人の関係よりも、国家と個人の関係のようです。
あ、そうでしたね。^^;
あまりにも国のトップが妙ですから、国家の在り様よりも政治家個人の人間性によって国民が虐げられる心配をしてしまったりしますね。
NHKの「日本国憲法 誕生」
私も、昨夜、待機後、見ました。
最後のナレーション良かったですね。
「戦争の放棄、国民主権、そして人権の尊重を掲げた日本国憲法。
今年、施行から60年を迎えます。」
この良き日に、『改憲手続き法』をぶつけようとしたのですから、アホ壷三って、マナーがなってないですね。
石原慎太郎さ〜ん、
『バチアタリ』とは、こういう壷人間のことをいうのですよ!

















