2007年08月14日
2001年は人生で最低の年だった(再掲載)
お玉は本日よりチョット秘境の山奥へ修行に入ります(ウソです)
なので、きょうからしばらくはお玉が過去650近く書きつづった記事の中より厳選、お玉が未だに読んでほしいなあと思う記事を再掲載させて頂きます。
今日は短いお玉の話です。
ご存じのように、お玉は滅多と自分の私生活をブログ上で語りません。お玉という管理人がどんな奴なのか、いろいろ想像してもらう事が楽しいので、そうしているのだけど・・・お陰でまで性別を疑われて、思った以上に皆さん楽しんでくださってるようで〜〜〜(^^;)
この記事の中でお玉は、はじめてにして唯一自分の事を「私」と書いてしまった・・・本当にまだ間に合うのだろうか・・という不安が胸にいっぱい渦巻いて、悲しくて、でもみんなで「一緒に頑張ろう!」と奮い立たせるような気持ちで綴った記事です。この時は、ここまで安倍が「馬鹿」だとみんなに気がついてもらえないかも知れないという危機感が先立ってたしねえ・・
ああ、この2001年、唯一嬉しかった事は「獅子座流星雨」を見られた事です。雨のように星が降る流星群のピークを迎える真夜中に、私を車に乗せて、星のよく見える山の中まで連れて行ってくれた友人に・・・今も感謝しております。でもその流星雨の様子は空からの涙のように感じました・・・多分あそこまで美しく、哀しい夜空をお玉は見る事はないと思います。
・・・などとセンチになりつつ、いってきま〜〜〜〜〜す。
2001年は人生で最低の年だった2006.9.12
2001年という年。昔から全くなんの根拠もなく素晴らしい年になると思いこんでいました。「2001年宇宙の旅」(古っ!!)の影響もあるけど、21世紀の最初の年は輝く未来の象徴であり、希望の年と勝手に位置づけていた・・・・
その年私は大切な人を2人亡くした
その間に「池田付属小学校の殺人」があり「9.11」があり、葬式を2回も出し・・
思い起こせばお玉の人生で「最低の一年」でした。
そして命の大切さをあれほど痛感した年もなかった。
ある意味、阪神淡路大震災をしのぐほど、命が尊いと思った。
お玉は、リアルに「死ぬということ」を知らない人に
軽々しく、たかが映像や本を読んで
「愛する人のために戦う」だの、「未来のために戦う」だの
そんな言葉で感動して欲しくないのだ。
戦った向こうには自分か相手の死体が転がっているのだから・・
あれから5年・・・
お玉達はどこへ向かおうとしてるのだろうか・・
とくらさんがいつも言っていた「まだ間に合うかもしれない」
そうだよね、まだ間に合う。
そう信じて、がんばろう。
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お玉、人気ブログランキング政治部門に登録してます。いろんな人に憲法と平和を語りたいから、あんまり過激な事は書かないし、むずかしいことも能力不足で書けません・・それでも、お読み頂けましたら、どうか、ポチッとお願い致しますm(_ _)m 二つもあってごめんなさい・・・

















